書評 「評伝フォーレ」 大谷千正 監訳(音楽の友 4月号)
「・・・(父は)わざとらしい演奏が大嫌いで、確実なテンポを取りながら正確に弾くタイプでした。」(フォーレの次男、フィリップ・フォーレ=フレミエの「回想録」より)
現在、日本のみならず諸外国でも、フォーレは作品の優れた演奏にあまり恵まれていない。しかし本書によると、フォーレ自身が創作活動を繰り広げていた当時も、たとえば「ピアノ五重奏曲」について、忙しさをおしても自分が演奏した方が良い結果が得られる、とこぼしていたというから、さもありなんである。
というわけで、いつもラヴェルやドビュッシーの作品に演奏会の場を譲ってきたフォーレの作品について、演奏の手がかりとなるような書物の出現が望まれていた。そして遂にジャン=ミッシェル・ネクトゥーが、前著作「ガブリエル・フォーレ」からさらに研究を進め、フォーレの日常生活や身辺に起こった出来事をまじえてフォーレの主要作品の創作過程を語り、様々なデータを基に詳しく全生涯について記した「GABRIEL
FAURE-Les voix claire et obscure(明暗の響き)」を1990年に上梓し、10年の歳月の後、ようやく邦訳が完成したのである。フランス人で、フォーレ研究の第一人者であるネクトゥーは、パリ国立図書館文芸員、オルセー美術館の音楽課長、フランス国営放送局の要職を歴任、現在は国立芸術歴史学院で要職にある。本書には、フォーレの音楽にいろいろな角度でアプローチする場合、なかなか言及されない<リズム>についてもその項目がおかれ[第十一章]、その語法の核である和声様式についても適宜解説が記されている。しかしながら、たとえば「彼のピアノ曲の特異性は机の上で作曲されたことにもよるだろう[第四章]。」というネクトゥーの言葉について、作曲をするという行為が、ピアノなどに触れながら行われるという固定観念を基に書かれていることに筆者は反論したくなる部分もあった。それにしても、辞書のように厚いこの邦訳版は、読みやすく、原書よりも貴重な写真が多く挿入され、また巻末の年譜や作品表の充実ぶりにも感服した。